六郷神社

六郷神社は、東京都大田区東六郷に鎮座。
延喜式武蔵国荏原郡 稗田神社」の論社の一社だが、創建年が気になる所です。

参拝時、幼稚園のお迎えの時間と重なってしまい、境内が駐車場に早代わり。
車が写らないように少々苦労しました。

六郷神社由緒

祭神 誉田和気命(応神天皇
本殿 享保四年(1719)建立の三間社流れ造り
拝殿・幣殿 昭和六十二年(1987)鎮座九百三十年祭記念造営の総檜権現造り
境内末社 天祖神社天照大御神
     氷川神社素戔嗚尊
     三柱神社(日本武尊・大物主命・布津主命 <合祀>天太玉命天児屋根命
     稲荷社(宇迦御魂命

 当社は、多摩川の清流に南面する古い八幡宮であり、六郷一円の総鎮守として、ひろく崇敬されています。
 社紀によれば、源 褚義・義家の父子が、天喜五年(1057)この地の大杉に源氏の白旗をかかげて軍勢をつのり、石清水八幡に武運長久を祈ったところ、士気大いにふるい、前九年の役に勝利をおさめたので、その分霊を勧請したのが、当社の創建とされています。
 文治五年(1189)源 褚朝もまた奥州征定のみぎり、祖先の吉例にならって勝利を祈り、建久二年(1191)梶原景時に命じて社殿を造営しました。今なお境内に残る大きな手水石は、このとき褚朝が奉献したものであり、神門前の太鼓橋は景時の寄進と伝えられます。
 天正十九年(1591)十一月、徳川家康は十八石の朱印地を寄進し、慶長五年(1600)六郷大橋の竣功に際しては、神威をたたえて祝文をたてまつり、当社の神輿をもって渡初式を挙げました。また、鷹狩りの途次にもしばしば参詣したと史書にみえます。当社が巴紋とともに葵紋を用いている所以です。
 江戸時代には六郷八幡宮とも呼ばれていましたが、明治五年(1872)に東京府郷社に列し、同九年より六郷神社と改称して今日に至っています。
 なお当社には、毎年一月七日に行われる流鏑馬(東京都無形民族文化財)と、六月の祭礼時に少年少女が奉仕する獅子舞が伝承されています。

「案内板より抜粋」

鳥居 脇参道

脇参道

拝殿

境内社

橋柱

鳥居 正面